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パンデミックを体験して感じたこと  ―米国カリフォルニア州からの報告― 

ゆいグローバルネット、チームメンバーの山本茉樹さんから、米国カリフォルニア州での体験リポートです。


パンデミックを体験して感じたこと

―米国カリフォルニア州からの報告―


山本茉樹

 <臨床心理士、公認心理師、LMFT(CA州)>


 今から2年半前の2020年春のこと。パンデミックが新たな現実となった当初、私の住んでいるカリフォルニア州のベイエリアではすぐに外出制限が宣言された。一日にして仕事も全てワークフロムホーム(Work from home.)へと切り替わり、買い物は30分以上並んで入店することが当たり前となり、家から一歩も出ない日が続くこともしょっちゅうだった。家から外へ出ることが命懸けという妙な錯覚を起こし、外出時にはマスクの下で息を止めアパートの廊下を足速に歩いていたのだから、今思えばその姿は滑稽だったが、突然外界との繋がりがなくなり人と直接接する機会がなくなったことで、偏った情報や感覚に惑わされることもそれなりにあったように記憶している。


 米国ではパンデミックと重なる形で大統領選やカリフォルニア州の山火事、BLM運動やアジア人へのヘイトクライムと、次から次へとひっきりなしに何かが起こっていた。これらに関する情報は刻一刻と更新され、それらを必死に追いかけては翻弄され疲弊し、それでもインターネット上の情報にかじりつく、そんなことが日夜繰り返されていた。”So many unknowns” “it’s a moving target”(先が見えない / 状況がすぐに変わる)いう言葉は毎日のように耳にした。


 パンデミックを通して感じたのは、ありとあらゆる情報が溢れかえるインターネット世界の一方で、生身の人間から得られる情報量は極端に限りがあり、信頼できる情報へのアクセスが難しいことだ。何でもありのインターネット上の情報をストレス下で精査することは容易ではなく、また、日本人コミュニティでは、専門用語が飛び交う現地のニュースは言葉の壁により得られる情報に制限が出ていたと聞く。情報の統制が取れていない状況では、たとえ母国語であっても状況を把握することは難しく、ましてや母国語でない場合のハードルはさらに高かったと想像する。


 そんな中でもテクノロジーの恩恵により、これまで以上に簡単に広い領域の人々と繋がることができるようになったことはありがたいことだ。幸い行動制限期間中にSNSやビデオ通話などで離れている家族や友人といつでも繋がることができたのは、大きな救いであった。しかし、パンデミック以前の生活や活気が戻りつつあるベイエリアでも、未だにどこか互いに緊張感は残っており、人との何気ない会話から得られる情報や生まれる繋がりは以前に比べて減ってしまったように感じる。


 パンデミックのような非常事態では信頼できる情報へのアクセスや人とのつながりが鍵となり、精神的にも大きな安心感を与えてくれる。しかし、この2年半、先が見えない中で常にアップデートされ続けるニュース、処理できないほどの情報量に疲弊した人も多かったのではないだろうか。米国ではパンデミックによる恐怖、失業、孤立、健康面の問題、経済的な困窮、人間関係の変化、あげればきりがないストレッサーにより、気分の落ち込みや不安を抱える人々が増えている。海外で暮らす日本人の場合はこれ以外の先述したストレッサーもあるだろう。まだしばらくこうした状況は続くかもしれないが、こうした中、海外で生活されている邦人の方々が、ゆいグローバルネットを通じて信頼できる情報とともに安心して人と繋がり交流が持てるよう、微力ながらサポートさせていただけるのは幸甚である。


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